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この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

2006年02月22日

 フランスはデモやストが多い国である。不満があったらアピールし、なんとか自分に有利な決定を勝ち取ろうとする。多くの人がアピールし、利害がぶつかりあい、衝突し、そして打開策が生まれる。デモやストが起きるたびに、いわゆる市民生活にはさまざまな不便・不都合が生じるが、すくなくともフランス人たちは、それを迷惑だからやめろとは言わない。デモやストは生活上の当然の権利だと考えているわけだ。
 住んでいたアパートが面していたのはBouevard de Port Royalという広い通りだったが、ここはデモ行進の定番コースに入っていた。オステルリッツ方面からモンパルナス方面に抜ける道だったので、たぶん、デモには利用しやすいルートだったのだろう。おかげで、大規模なデモが起きるたびに、窓から様子を見物できた。
 1994年3月のデモは、多くの労働者の生活に直結する事柄への抗議行動だったので、いつものデモよりもかなり過激な行動が見られた。商店が破壊された地域もあったらしい。そんなわけで、このときのデモでは治安警察(日本の機動隊に相当)の隊員があちこちで警備にあたっていた。


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