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この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

2006年02月25日

 日本ではインターネットが普及したおかげで、いろいろなモノをネット通販で手軽に買えるようになった。それ以前にもテレビ通販やカタログ通販は存在していたが、インターネット普及後に比べれば、需要は限定的だったといっても間違いではないだろう。その点、フランスには、インターネットの普及以前からミニテルによるネット通販が盛んに利用されていた。
 ミニテル(minitel)とは、もともとはテレテル(teletel)と呼ばれる通信システムの簡易端末の名称でだったが、一気に数百万世帯に普及したため、ミニテル自体が通信システムを指すようになった。最も一般的なミニテル端末は8インチのモノクロモニタ一体型で、本体にはCCITT v.23規格のモデムが内蔵されていた。このモデムは通信速度が下り1200bps、上りが75bpsという規格であったが、94年当時、すでに14.4kbpsのモデムが広がり始めていたので、このスピードはきわめて「のろま」であった。
 teletelとは一般にビデオテックス(videotex)と呼ばれる通信規格のEC方式である。日本でも80年代後半にNTTがCAPTAINという名称でサービスを実施したが、あまり普及することなく忘れられてしまった。実のところ、フランスのteletelは世界で唯一のビデオテックス成功例だったのである。
 通信事業の自由化が世界的に進展した1980年代にあって、どの国も電話に次ぐ個人向け通信サービスの開発にしのぎを削っていた。そのなかでも文字と図形とをあわせて情報提供ができるビデオテックスは、「ニューメディア」の期待の星といって良かった。日本、米国、ECのそれぞれが自国の通信事業者が開発した規格を国際規格にしようとしたが、結局、三方式ともに国際規格として並立することとなった。ところが、この規格にもとづくサービスそのものが期待はずれで終わったのである。フランスの成功は、例外中の例外だったのだ。
 なぜフランスだけが成功できたのか。それは、簡易端末のミニテルを無料で貸し出す方針を政府が打ち出したこと、同時に電話帳を廃止したことが大きな要因だったと考えられている。しかし、それ以上に注目すべきことは、フランスでは通信販売が盛んだったため、業者にとっても消費者にとってもミニテルはコスト的に有利な手段だった点だろう。さらに、個人がさまざまな掲示板を利用して不要品の売買を行っていたり、新聞や雑誌広告を利用して恋人募集をおこなうという習慣があったため、ミニテルの使い途がすでに存在していたのだ。そこに政府の端末無料化という方策が重なり、うまいぐあいに需要が循環したのだろう。その点、日本にはCAPTAINを必要とする用途そのものが希薄だったのだ。
 もちろんアメリカでも通販が盛んだとか、個人情報を交換する掲示板の習慣があったわけで、その点ではフランスと同様である。しかし、政府が政策的にビデオテックスを普及することがなかった。また、アメリカではすでにパソコンが個人レベルで普及し始めていたし、モデムも世界ではダントツに安かったため、パソコン通信がビデオテックスの代わりに普及した、と考えていいのではないか。


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