開設:2025/12/30
最新更新日:2026/1/12

これまでに収集したフランスの女性誌(主としてファッション誌)に関するコンテンツを徐々に増やしていきます。
【更新情報】
(2026/1/12)データの一部を公開しました。
(2026/1/8)サイトの枠組みを設定しました。
フランス誌2:主なデータ収録の対象
モード誌
Mode Illustrée
Jardin des Modes
Marie*Claire (-1944)
ファッション誌
ELLE
Marie*Claire (1954-)
Madame Figaro
BIBA|prima|Jacinte
Dêpeche Mode
その他の収録対象
1940年代の女性誌
19世紀の婦人誌

ELLE

今日、世界で最も影響力のあるファッション誌"ELLE"は1945年、まだ大戦後の物資窮乏が続くなかで創刊されました。編集責任者のHélène Gordon-Lazareffは1930年代に"Paris-Soir"や"Marie*Claire"などで活動するジャーナリストでした。第二次大戦が激化すると"Paris-Soir"編集責任者の夫Pierre Lazareffとともにニューヨークに移り、New York Times紙での執筆活動を経て、著名な女性誌"Harper's Bazaar"でキャリアを積みます。
パリ解放の二週間後に帰国し、夫Pierreは"France-Soir"を立ち上げ、HèlèneはMarcelle Auclaireとともに週刊誌"ELLE"を創刊し、自らは編集責任者となります。その際、ニューヨーク滞在中に撮影した写真を持ち帰り、それを"ELLE"創刊号の表紙に用いています。"ELLE"の誌面づくりにはHélèneが"Harpar's Bazaar"で得たノウハウが活かされたといいます。実際、表紙のデザインは週刊誌時代の"Marie*Claire"と同様の構図です。


【参考資料】
江下雅之「第三共和政以降を中心とするフランスの女性誌出版状況」『情報コミュニケーション研究』(2022)

創刊そして1940年代末まで:1945〜1949

たまたまeBay.frで"ELLE"の創刊号から40号までのセットを激安で入手できました。そのおかげで創刊当時の様子がよくわかります。紙質こそ貧弱ですが、印刷はしっかりしており、十分な資金をかけた雑誌であることがわかります。創刊当初の誌名の形は大きさや文字間隔こそ多少の違いはありますが、現在にいたるまでほぼ変化していません。

1945年
1946年
1946年
1946年 1947年 1948年 1949年
プリンセス・ブームにも乗った1950年代:1950〜1959

フランス経済が悪性のインフレにあえいた1950年代に"ELLE"の誌面は充実していきました。1950年時点での値段が30フラン、1959年は0.70新フランです。100分の1のデノミですから、50年代を通じて倍以上の値段になりました。1957年にはイギリスのエリザベス女王がフランスに初の公式訪問をしており、"ELLE"でもその特集記事が掲載されています。
1950年代はディズニーアニメの『シンデレラ』『眠れる森の美女』、ヘプバーン主演の映画『ローマの休日』が世界的にヒットした時代でもあります。また、1953年にはエリザベス女王の戴冠式がテレビ中継されました。ハリウッド女優のグレース・ケリーがモナコ公妃となったのも1956年でした。世界的に「プリンセス」への憧れが起こり、ファッション面でもヘプバーン・スタイルが注目されたり、ディオールのプリンセスラインのドレスも流行しました。戦後のあたらしい流行のなかで"ELLE"は推進役の一翼を担いました。

1950年 1951年 1952年 1953年 1954年
1954年 1955年 1956年 1957年
1957年 1958年 1959年
影響力の拡大と五月革命の1960年代:1960〜1969

1960年代も引き続き"ELLE"は幅広い年層に支持される雑誌であり続けました。記事の内容もファッショを中心としながらも、時事的な話題や文化までを幅広く捉えています。たとえば1960年11月18号はベルギー王ボードゥアン1世と結婚間近なスペイン人貴族のファビオラを特集しています。1961年5月26日号は、そのファビオラ王妃と米国のファーストレディとなったジャクリーン・ケネディの特集記事を掲載しています。
1965年12月9日号では、ブリジット・バルドーとジャンヌ・モローという二大女優が共演した仏伊合作のコメディ映画『ビバ!マリア』の特集記事が載っています。ピエール・カルダンがデザインした衣装をまとった二人の女優が表紙を飾っています。
1966年の2月3日号と8月18日号、1969年11月10日号はティーンエイジャー向けのファッションを特集しています。"ELLE"の中心読者は成人女性ですが、こうした特集がなされるところに、読者層全体としての広さがうかがえます。

1960年 1961年 1963年 1963年 1964年 1965年
1965年 1966年 1967年 1968年
1969年
グローバル化が進む1970年代:1970〜1979

1960年代末から70年代にかけて"ELLE"は世界各地で姉妹誌の創刊あるいは提携を進めました。1970年に当時の平凡出版が創刊した"an・an"もそのひとつで、創刊時の誌名は"an・an ELLE Japon"です。ELLE日本版ではなかったためELLEの記事や写真が誌面にあふれることはありませんでしたが、アートディレクターやスタイリストを重視するan・anの制作スタイルはELLE流です。
カトリーヌ・ドヌーブが表紙を飾る1970年3月9日号(通巻1264号)には"an・an"の記事が掲載されています(詳細は当サイト「1970年代」の1970年『an・an』を参照)。また、1970年6月15日号の表紙モデルは高田賢三デザインの作品を着ています。アジア系デザイナーの作品が"ELLE"の表紙に登場するのはこれが初めてで、高田賢三がフランスでも認知されたことがうかがえます。


【参考資料】
赤木洋一『「アンアン」1970』(平凡社、2007)『情報コミュニケーション研究』(2022)

1970年 1971年 1972年 1973年 1974年
1975年 1976年 1977年 1978年 1979年
変革期の1980年代・90年代:1980〜1993

1960年代以降、雑誌市場を取り巻く環境は厳しくなり、1970年代・80年代には歴史ある女性誌がいくつも休止または吸収されるに至りました。そのなかで"ELLE"はファッション情報だけでなく女性問題やグローバルな時事問題を積極的に取り上げるなどの多様化を図ってきました。それでも部数の低落傾向は続き、2022年に30万部を切ってしまいました。一方、2024-2025年もなお平均で22万部以上を発行し、雑誌全体でも29位の売れ行きを維持しており、"ELLE"というメディアの権威を保ち続けているといえるでしょう。

1980年 1981年 1982年 1983年 1984年 1985年
1985年 1986年 1987年 1988年 1989年 1990年
1990年 1993年

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