開設:2025/12/30
最新更新日:2026/1/12

これまでに収集したフランスの女性誌(主としてファッション誌)に関するコンテンツを徐々に増やしていきます。
【更新情報】
(2026/1/12)データの一部を公開しました。
(2026/1/8)サイトの枠組みを設定しました。
フランス誌2:主なデータ収録の対象
モード誌
Mode Illustrée
Jardin des Modes
Marie*Claire (-1944)
ファッション誌
ELLE
Marie*Claire (1954-)
Madame Figaro
BIBA|prima|Jacinte
Dêpeche Mode
その他の収録対象
1940年代の女性誌
19世紀の婦人誌

Marie*Claire(hebdomadaire, 1937-1944)

いまやフランスを代表するファッション誌のひとつである"Marie*Claire"には二つの歴史があります。一つは第二次大戦終了までの週刊誌時代、もう一つは1954年に復刊してからの月刊誌時代です。どちらも発行母体はおなじですが、大戦によって10年近い中断を経験することになりました。ここでは週刊誌時代を紹介します。
1937年に"Marie*Claire"を創刊したのはJean Prouvostです。彼はモード業界の関係者ではなく、日刊紙"Paris-Soir"で成功した企業家です。すでにモード業界で活躍していたLucien Vogelが"Jardin des Modes"を創刊した経緯とは大きく異なります。なお、共同創設者Marcelle Auclairはジャーナリストであり小説家として活躍した女性です。
創刊号は1937年3月5日号で、かつてない規模の宣伝を展開し、いきなり80万部を発行しました。"VOGUE Paris"や"Le Jardin des Modes"よりも幅広い読者層をターゲットにしたことは明白です。記事内容は高級モードが中心ではあったものの、実用性の高い記事や読み物が盛り込まれておりました。
表紙のデザインも当時のフランスの女性誌のなかでは特徴的です。"Le Jardin des Modes"や婦人誌"Modes et Travaux"などの表紙は女性の全身または膝から上の姿を写真またはイラストで表現しておりました。Marie*Claireは創刊号から休止に至るまで女性のバストトップの構図となっています。これは同時期の米国のモード誌から強い影響を受けたことがうかがえます。1930年代は米国がすでに世界最大の経済大国となっていました。


【参考資料】
江下雅之「第三共和政以降を中心とするフランスの女性誌出版状況」『情報コミュニケーション研究』(2022)

週刊誌創刊から休止まで:1937〜1944

1939年に週刊誌"Marie*Claire"は90万人の読者を得ていたようです。それだけの発行部数があったため現在でも古書として多数流通しており、2014-2015年時点でもパリ・セーヌ河畔のブキニストが数多く扱っていました。
1940年5月にフランスがドイツに降伏し、親ナチのヴィシー政権が発足すると、経営者のProuvostは政権に協力的だったことから"Marie*Claire"の発行も継続します。ただし、1943年時点では月2回(bimensuel)の発行になったようです。そしてパリ解放の1944年8月ごろに週刊誌"Marie*Claire"の発行は休止します。
じつは何号が週刊誌としての最終号なのかはよくわかりません。Maris*Claireの公式サイトには週刊誌時代の記述がきわめて乏しいのです。また、BnF Gallicaには1944年8月1日号(通巻317号)までの書影が公開されていますが、私はネットオークションeBay.frで8月15日号(通巻318号)を入手しています。戦後の混乱やProuvostが売国奴として非難された経緯を考えると、318号が最後である可能性は高いと思いますが、公式アナウンスがないなかでも最終号の確定はかなり困難です。

1937年 1938年 1939年
1939年 1940年 1941年 1942年 1943年 1944年

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