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この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

1997年11月29日

 成田から京成ライナーに乗って日暮里に出ると、なんかもの悲しい気分になりますぜ。ロワシーからパリ市内に入るときとあまりにもギャップがあるから。こと都市の景観ってことに関しては、東京とパリは比較できない差がありますわな。二階程度の建物がひしめきあっている風景と6階建てのアパートが整然と揃っている光景を比べると、東京のどこが土地不足なんぢゃい、とわめきたくなるぜ。京都の瓦屋根の街並みは許せますが。
 二年前の十月、いよいよ巴里を後にするとき、家の前からたそがれをバックにしたモンパルナスタワーを眺め、この光景もひょっとしたらこれで見納めかと思ったら、涙がぶわーっとわいてきましたがな。まあ、これが I shall return.の原動力になったわけだけど(笑)。


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