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この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

1996年10月27日

 内務省にはやっぱけっこうビビった。なにしろあのパスクワんの根城だったとこだもんね。
 外務省に申請書類をすべて提出したのが 9月14日のこと。「約一ヶ月後に、内務省から電話で連絡が入ります」と言われて待つこと一ヶ月、連絡はこなかった。「連絡がないんですけど」というクレームを外務省につけたのが先週の木曜。「たぶん来週あたりでしょう。C'est normal, hein?」というおきまりフレーズでやり取りは終わり。
 しかしフランス外務省の読みはなかなか鋭い。ほんとに「来週」に電話がきた。月曜の午後3時ごろだったと思うけど、やけに明るい女性が電話をかけてきた。内務省からの電話だから、きっといかめしいあんちゃんだと想像してたんですけどね。
 さっそく「尋問」の rendez-vous となったんだけど、こっちは早ければ早いほどいい。で、翌日の11時に会いましょう、ということになりました。彼女曰く、「直通電話番号を受付で告げないと入館できない」とのこと。もちろん番号を教えてくれました。
 次の日、83番のバスで……といいたいところだけど、ちょっと出遅れてしまったため、面倒だからタクシーで行っちゃいました。でも運転手は内務省の場所を知らなかった。しょーがねーやつ。手帳を出して住所を調べにゃならんかった。ルートは簡単で、Port Royalからそのまま Montparnasse 通りを突っ切る。これで一気に Invalide まで行けちゃいます。Alexandre III橋のひとつ下流の橋を渡って Chemps-Elysees Clemanceau を抜け、あとはまっすぐ行くだけ。
 内務省の入り口はかなり狭い。入ってすぐ左に受付があるので、そこで要件を告げると、面談相手の電話番号の下五桁を言えという。それが内線番号になっているみたいでした。すぐに先方に連絡をつけ、アポの確認ができると、身分証明書と引き替えに入館証をくれます。これ、磁気カードになっているのだけど、ストライプの部分をバリケードのリーダーにかざすと、なかに入れるようになる。
 10分ほどで相手が来たのだけど、事務所まではえらく複雑だった。内務省のあるあたりは道が入り組んでいるので、建物も完全なタコ足状態なんですね。あれに匹敵するのは講談社の本社ぐらいでしょう(笑)。


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