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この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

1999年02月14日

 PARI ROLLERとは、ローラースケート(といっても実際にはローラーブレードが主流)の愛好家たちの団体である。昨年来、毎週金曜の夜になるとPlace d'Italieで集合し、パリ市内を三時間滑走している。警察が先導して車道上を滑り、行進列の最後尾にはボランティアが自転車でケアするなど、けっこう大がかりな体制で活動がおこなわれている。参加は自由で、多い日には2000人以上のスケーターが集う。
 
 この PARI ROLLERの活動を知ったのは、うちの前の通り(Boulevard de Port Royal)がしばしばコースになっていたからである。毎週金曜深夜になると、俄雨が降ったかのような音が聞こえてくることがあった。何事かと思って外を見たら、膨大な数のスケーター集団がいた、というわけだ。活動の詳細については、後日、OVNIの記事で知った。
 
 小学生時代は、アメリカのローラーゲーム・チーム、LAサンダーバードに熱狂し、学生時代には週末になると代々木公園や駒沢公園で空き缶を並べて滑りまくり、会社員となってからも時折後楽園のリンクで滑走していたワタクシとしては、パリ市内の車道をおおっぴらにスケートで滑るなんてことは、じつに魅力にみちみちたことであった。ああ、足がうずく。年末年始の一時帰国のときは、倉庫をひっくり返し、20年前に買ったスケート靴を引っぱり出し、パリまで持参した。もちろん埃のせいでベアリングまったく転がらなくなっていたが、丹念にグリースをさし、まあ、なんとか滑れるぐらいの状態にした。
 
 とはいえ、十数年のブランクからいきなりアップダウンの激しいオンロードを滑るのはキビシイ。まずは足慣らしを……と思い、今日は近くの公園まで試走しに行ったのである。場所はLuxembourg公園の手前、Avenue d'Observatoireの中にある縦長の公園である。その一角に、長さが50メートル、幅が5メートルほどのアスファルト舗装のエリアがあるんだが、そこでは時折子どもたちがスケートの練習をしている。
 
 ここ数日と同様、この日も朝から晴天。カミさんと子どもの三人連れで公園に向かう。天気のいい日曜ということもあって、公園までの道、けっこう多くの人がローラーブレードを履いて歩道を滑っていた。年齢層はマチマチ。スケートもすっかりパリに定着したのだなと実感したものである。
 
 公園に着いてから、ベンチで靴をはきかえる。エリア内には子どもが十人ほどと、バックパックを背負った大人が一人だけ。スペースは十分なので足慣らしにはちょうどいい。が、さあ滑ろうと思ったら、ムスメがまとわりついて離れない。どうやら一緒に遊んでほしいらしい。まあ、こちらも本格的な滑走ができる状態ではないと思ったので、今日はムスメと戯れながら30分ほど滑った。手を引っ張らせたり、競争したりとか。それでもまあ、けっこう感じが戻ってきたので、次はいきなり金曜夜の三時間パレードに参加してみようかな、などと思っている。


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