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過去の日記一覧


この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。
■ 趣味の話題カテゴリー

カテゴリ「趣味の話題」に投稿されたすべてのエントリのアーカイブのページが、新しい順番に並んでいます。
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1995年09月26日

 手軽さを第一に考えるなら、躊躇なくデジタル・カメラがいいと思う。こういう機械に10万以上使うのはたぶんよほど思い入れの激しい人だけだと思うので、次の3機種がベスト・チョイスだと考えています。現在執筆中の本でも、この三機種を用いています。

   Apple QuickTake 100/150 65,000 JPY 前後
   (100 から 150 へ upgrade 可能)
   Kodak Digital Camera 40 100,000 JPY 弱
   CASIO QV-10 70,000 JPY 前後

 画質は Kodak がいいですね。QuickTake 150 もかなりよくなったようですが、Kodak の方が上だと思われます。QV-10 は画像をその場で見られてほんとにお手軽だけど、やはり画質がちょっと落ちる。お遊びにはこれが一番だと思うけど、レポートに使ったりとかには、ちょっと力不足という感じがします。
 知り合いのカメラマンの話によると、CCD 読みとりはいまいちだとか。買うならフィルム・スキャナがいいそうです。それもニコンよりミノルタのほうが性能的に上だということですね。実売価格はいずれも 100,000JPY 強(ソフト付き)ということです。


1993年11月09日

 コダクローム25で大失敗したことがある。以来、ASA(今はISOか)25は絶対に使うまい、もとい、オレの実力では使いきれない、って思いました。考えてみれば無謀な話しで、低感度のフィルムを露出計なし、自分のカンだけで使ったのですから。36枚撮って多少許せる程度が2枚、あとはことごとくすっとんでました(;_;)。それ以来、リバーサルはF2でフィルムはコダクローム64、Fはモノクロ専用にしました。分相応?
 ニコンFで使うモノクロもトライXばっかだった。昔は安いトライXを買うために、わざわざヨドバシ・カメラまで手巻き?フィルムを買いに行った。ローダーやマガジンを買う金がなかったし。ローダーを買った頃にはモノクロをあまり撮らなくなって、結局 100フィートのトライXは半分ほど残ってしまった。
 プリントは高校の写真部の暗室を使わせて貰いました。二十年前に白鳥座の新星が発見された時は、夜撮った写真をすぐ家で増感現像し(天体写真だとパンドールで4〜8倍増感が普通)、翌朝、学校でプリントしたのです。ぼくがプリントを自分でやるようになってからは、5号印画紙が製造中止になってしまった。まあ、普通は使われなかったから仕方なかったのですが。


1993年11月07日

 実は中学生から大学2年くらいまでは、結構写真というかカメラが好きでした。始めは天体写真を撮りたかったのですね。
 倉庫番のバイトなんかして、ようやく叔父からニコンFを譲り受けたのです。当時叔父はほぼ一年分の年収を投じたハッセルブラッドを専ら使っていたので、この名機を譲ってもいいと言ったのです。
 買うときのオチが一つありました。
 最初4万円と言っていたのが、こっちは3万円しかない。でもほしい。それで麻雀好きの叔父に一勝負申し入れ、半荘勝負して勝ったら3万円で買うということにして貰ったのです。他のメンツは叔母といとこ。
 後から考えると、叔父はわざと負けてくれたのですね。そもそも麻雀勝負を持ちだしたのも、必死の本表情をした中学生をからかったのでしょう。
 それまでオリンパスペンしか知らなかったので、このニコンFが嬉しかった。日本光学がまだ NIKONのロゴを使う前、富士山マークに「 NIPPON KOGAKU」って入っていました。
 保証書を見たら、昭和34年4月製造とありました。ぼくより半年年長です。レンズの焦点距離だって、メートルではなくフィート表示、コーティングもモノコーティングです。
 でもこの老兵、本当に役に立った。露出計がないので感度の低いリバーサルは厳しかったけど、モノクロには今でも現役(と言っても、最近殆ど写真を撮っていない)です。
 頑丈さには驚いた。何しろ山で三度まともに岩にぶつけ、二度まともに雪渓に埋まり、一度ロッカーの上からおっことしたのに、かすりキズが増えるだけ。メカは全く影響なし。さすが一眼レフ史上、最高の名機と言われただけはあるな、って思いました。
 パリには13年前に買ったニコンF2の中古(だからこれも17年選手かな?)を持ってきています。
 ひょっとしてカールさんのって、ライカMにニコンレンズを付けたやつ?
「ニコンの世界」でアメリカのジャーナリスト(ダンカンとかって名前?)が、ライカにニコンレンズを使って朝鮮動乱を取材した話しが載っていたような気がしたけど……。



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