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この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

1994年12月07日

 ベルリンの壁崩壊後のサラエボの現状は、おそらく社会学者はほぼ完全に予想していたと思います。同時に、EU統合の動きと各国家レベルの「自立」という動きが表裏一体のものという考えも、ヨーロッパのジャーナリズムでは一般的という気がします。二度の大戦で無理矢理ひっぱんた線が、EUの登場で求心力を失いつつあるわけですね。
 ほんとは「共同体とはなにか」という、社会学や民族学の基本命題に立ち入らざるをえない。日本は海という明確な境界で仕切られた領土を持ち、日本語という単一言語を話し、民族学的にも単一で億単位の人口を擁しているため、こういう問題がわりとクリアなんですね。
 統合とは、ある特定の coherenceを核にした集合の形態にすぎない。こういう視点に立てば、EUは経済メカニズムで coherenceをたもつにすぎないことがわかります。経済的な統合が生存を保証しうるなら、むしろ民俗的レベルで identite の主張が台頭するのは自然な流れでしょう。
 もともと異質の価値観が共存するためには、上位の coherenceが必要なんですね。イスラエルとパレスチナはお互いの違いを「許した」のではなくて、「生存の必要」というひとレベル上の共通認識を持つにいたり、妥協にいたったと見るべきでしょう。
 お客さんのあいだは価値観の衝突がおきにくい。「どーせあいつは違うから」で割り切れる。が、共通の住民となると「どーせ」では住ませられなくなる。上位の coherenceを見つけるまで、壮絶な価値観の攻防を展開するわけですね。
「お互いの違いを認める」なんて簡単にゃできんのだというのは、ヨーロッパに住むと実感します。


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