この月のエントリー
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

過去の日記一覧

月別アーカイブス



この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

1993年07月29日

 外国語理解の仕組みは母語と根本的に違う点があるそうです。母語理解は大脳皮質で処理されるのはかなり狭い領域なのに対し、外国語は大脳の中で既に発達した様々な機能を借用する形で認識されるそうです。大脳の神経細胞は6才までにほぼ65%も発達してしまうとか。となると、我々は幼少期に獲得した能力によって外国語を理解しようとする、と考えることができます。
 このことから、幼少期に多くの「音」に節する機会のあった人、例えば3才頃からピアノを習っていた人などは、外国語学習においても「耳」が強いという現象が生じてもおかしくありません。他方、私のように落書きばかりしていた者は、視覚への依存が大きいような気がします。
 無論以上はあくまで環境要因です。生物の能力には環境以上に遺伝が決定的役割を果しますから、聴覚認知の発達した家系、視覚認知の発達した家系というのも存在するでしょう。


Copyright (C) Masayuki ESHITA
サイト内検索

カテゴリー(archives)

最近のエントリー(RSS)