以前、アルジェリア人と「愛国心」について議論したことがありました。まあお互い殆ど見解の相違がなかったせいか、口から泡をふいてなんてことにはなりませんが、共通の合意点として、「NationalismeとChauvinismeとPatriotismeは違う」という点でございました。一般にナショナリズムと呼ばれるのはむしろChauvinisme でありましょう。そして現在吹き荒れている「ナショナリズムの嵐」とやらも、正確にはChauvinisme ないしは生活確保の闘いでしょう。
この辺りの違いは、要は文化的視点があるか否かという点です。自分の文化的アイデンティティを確保しながら相手の文化を尊重できる、彼女と私の合意ではこれがPatriotisme なのです。他方、Nationalismeというと、相手の文化への尊重が嘲笑に変わる、さらにChauvinisme になるとそれを否定、排斥するに至るというわけです。私メの感想としては最近は「メシくいたい」がこれらとは別に台頭し、結果的にChauvinisme と結びついたという気がします。もともとChauvinisme は政治的欲求であり「メシくいたい」は経済的欲求ですから、本来は別個のものなのです。ただ、現在の政治・経済情勢のもとでは目的が同じなので、運動の上では全く同じに見えるし容易に合体しやすいものでもある。「日本は拝外的だ」というご意見も出ましたが、以上の視点から捉えると単に「異文化」という視点が欠けているだけなように思うのです。ですから、拝外主義と言うよりも、国家的極楽トンボ主義と言うべきでしょう。
フランスのナショナリズムについて少々感想など。極く大雑把には、「Patriotisme 」が極めて強いと言えましょう。無論、これは良い意味にとって下さい。あれほど自文化に強い誇りを抱くフランスで、東洋やアラブという全く異質な文化の研究が、世界で一番進んでいるという事実を忘れるわけにはいきません。
その一方で、平均的フランス人はきわめてつつましやかな生活(これは東京やニューヨーク辺りの市民生活と比べれば、本当に質素極まりないもの)を送っており、その防衛意識もすこぶる強いといえましょう。徹底した保護貿易主義はここに端を発していると言って構わないでしょう。ささやかな生活を維持するためには糧を得る手段が要る、その手段を「奪う」っているのが、形の上では日米の超近代産業であり、移民労働者となっているのです。
EC統合の賛否はこの視点からは完全に一致しているのです。唯一の違いは、統合推進派が「防衛のためには戦線を全欧州というフレームに広げないといけない。でないと日米に個別撃破される」と主張するのに対し、反対派は「戦線を広げることで、かえって内部崩壊が先に来る」と主張しているのです。ですから、生活防衛意識の強い労働者の支持を背景にした左右両極が反対に回ったのは、長・中期的戦略よりも短期的危機意識を前面に出したものと言えましょう。いずれにせよ両者の違いは国の取るべき「戦略」ではなく「戦術」の違いという気がします。