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この日記について

この日記は、他のリソースから転載したものが大半です。
2005年3月以降の日記は、mixiに掲載した日記を転載した内容が中心です。一部は実験的に作成したblogに書いた内容を移植させています。
2001年の内容の一部は、勤務先のweb日記に記載したものです。
1996年〜2000年の内容の多くは、旧サイトに掲載したphoto日記を転載したものです。
1992年6月〜99年9月の日記の大部分は、パソコン通信NIFTY-Serveの「外国語フォーラム・フランス語会議室」に書き散らしていたものを再編集したものです。ただし、タイトルは若干変更したものがありますし、オリジナルの文面から個人名を削除するなど、webサイトへの収録にあたって最低限の編集を加えてあります。当時の電子会議室では、備忘録的に書いた事柄もあれば、質問に対する回答もあります。「問いかけ」のような語りになっている部分は、その時点での電子会議室利用者向けの「会話」であるとお考えください。

1993年04月23日

 レギュラシオン理論については本家のロベール・ボワイエの書いたその名もズバリの「The regulation school」という本があったと思います。一時期話題になった「資本主義対資本主義」(著者は忘れてしまった)も、アングロサクソン経済モデルとヨーロッパ大陸経済モデルの違いを述べたものだそうですから、レギュラシオンや日本モデルの話題が載っていると思います。そうそう、ロベール・ボワイエといえば「トヨティズム」という造語の言い出しっぺですね(注:トヨティズム=多品種少量生産システム。対立用語は「フォーディズム=大量生産システム)。
 幕末というのは、フランスがこれまでに最も日本に関心を寄せた時期ですね。大雑把に見ればイギリスが薩摩・長州支持、フランスが幕府支持。徳川慶喜愛用の軍服はナポレオン3世の贈り物でした。幕府内部は親仏派と中立派に分かれ、親仏派の代表が小栗忠順。実はこの小栗忠順が三島由紀夫の曾祖父だというから何やら不思議な感じ。中立派の勝海舟の後日談によれば、「西郷吉之助と坂本竜馬がいなければ、日本はフランスの植民地になっていたかもしれない」。そうなっていたら、我々は悲しきfrancophone?
 日本文化は「吸収期」と「醸成期」がサイクリックでしょ?だから西洋文化の吸収期の端緒である幕末は、新たな価値観の模索期と見るべきでしょう。自らの価値観を普遍化するどころが、多くの価値観が崩壊した時代であったと思うのです。天智朝の「中国信仰」と本質的には同じだという気がしますね。価値観の普遍化は「次の時代」の使命だと思います。
 で、今は「幕末の次の時代」という時代認識を私メは持っておりますので、価値観の普遍化が求められる。私の勝手な感想だと、最近は「和風」のステイタスが徐々に高まっているように思うのですがいかがです?


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